名古屋地方裁判所 昭和27年(行)14号 判決
原告 浜島清忠
被告 名古屋法務局長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「原告が名古屋法務局昭和二十七年九月五日受附第二〇六三九号仮処分嘱託登記に対する同局登記官吏の却下決定に対しなした異議申立につき、昭和二十七年十月一日被告のなした却下決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
(一) 原告は訴外原千枝子を被申請人とし、同人所有名義の別紙目録記載の不動産につき当裁判所へ仮処分命令を申請し(同庁昭和二十七年(ヨ)第五八七号)当裁判所は同二十七年九月三日該不動産の譲渡等処分禁止の仮処分命令をなし、同仮処分登記嘱託書は同月五日(午前九時五十分)名古屋法務局に到達し同日受附第二〇六三九号をもつて受附された。ところがこれより先(同日午前九時)前示原千枝子は該不動産の訴外谷口節子に対する所有権移転登記申請を同局登記官吏に対してなし同日受附第二〇六一九号として受附せられた。しかし原千枝子は右登記申請にあたり、申請書に登記義務者の権利に関する登記済証を添附せず、右登記済証を(原告に債務担保の目的で交付したものであり、滅失したものでないに拘らず)滅失した旨申立てて、これに代る不動産登記法第四十四条所定の保証書を添附し申請をなしたのであつて、原告は同日午後三時頃、右申請登記未了前に登記官吏に対し真実の登記済証を見せ、原千枝子の同証滅失の申出が虚偽であることを申立たのであるが、登記官吏はこれにつき何等の審査をもせず原の申請を受附先順位として原より谷口への所有権移転登記を終え、原告のための仮処分登記嘱託を嘱託書記載の登記義務者の表示が登記簿と符合しないとの理由で不動産登記法第四十九条六号により却下したのである。そこで原告は右却下決定(以下原決定と称す)を不当として被告に対し異議の申立をしたが、昭和二十七年十月一日被告は登記済証が滅失しこれに代る法定の保証書を添附して登記申請がなされた場合、滅失の申立が真実か否かにつき登記官吏には審査権がないから、登記官吏が保証書添附の登記申請書を受理し登記を完了しても何等不当な処分ではなく、その結果登記官吏が本件嘱託書の登記義務者の表示が登記簿と符合しないとの理由で、前記仮処分登記嘱託を却下したのは正当であるとし該異議申立を却下した。
(二) しかし、原の右登記申請は虚偽の事実を申告して登記官吏を錯誤に陥らしめたものであるから、それによる登記は無効であり、かかる無効の登記の記載と嘱託書の登記義務者の表示とが符合しないとの理由で右嘱託を却下した原決定は違法である。仮に右登記が無効でないとしても、元来登記済証滅失の真偽は登記官吏の形式的審査権の対象となるものであり、登記官吏としては原告の上叙通知に接した以上、その真偽を検し事件が登記すべきものに非ざるときはこれを不適式の申請として却下すべきであつた。しかるに未審査のまゝかゝる虚偽を看過してなされた登記処分は違法である。しかも登記官吏は登記後においても、右事実を審査し不動産登記法第六十三条、第六十三条の二により職権で右登記を抹消すべきであつたにかゝわらず、これを放置して為さず、かゝる違法登記の登記簿と右嘱託書の登記義務者が符合しないという理由で前記嘱託を却下した原決定は違法である。いずれにせよ原決定は違法というべくかゝる原決定を正当なりとして原告の異議申立を却下した本件決定も亦違法として取消されなければならない。(立証省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中(一)の原千枝子の登記済証が滅失していたか否かの真偽の点については不知である。その他の事実は全部認めると述べ、次に法律上の意見として次のように述べた。登記申請の添付書類として、登記義務者の権利に関する登記済証を提出させ若しこれが滅失した場合は不動産登記法第四十四条所定の保証書を提出させるのは、登記義務者と称して申請するものが果して真正の登記義務者であるかを確かめ登記の真正を保障する目的からであつて、同法第四十四条の規定は登記申請者に対し原則として登記済証を提出せよ、若し滅失したなら己むを得ないから保証書を提出することを許すとの趣旨であり、登記申請者に対する要望的規定である。しかもその「滅失したるとき」との要件も事実上登記済証がその形体を失つた場合のみでなく、紛失のため一時その所在が判明しない場合やその他の事由で登記済証を提出できない場合も広く指称すると解すべきである。何れにせよ登記済証か保証書かのいずれか一方の添附があれば登記官吏はそれを受理して登記を為す可きであり、かゝる登記処分は適法且つ有効である。しかも登記官吏は現行法上形式的審査権のみを有し登記申請者が登記済証を滅失したと称して保証書を添附し申請して来た場合登記済証が真実滅失したかどうかの審査は実質に関するものとして審査権の範囲外にあるのであり、その申出が虚偽であるとの通知が他からなされてもこれを審査する権限も義務もないのである。登記官吏としては保証書自体の形式的要件が具備していればこれを受理して登記する外はないのであり、かゝる登記処分は適法且つ有効である。要するに原千枝子の申請に対する登記処分はなんらの違法でなく、右申請の後順位に受附けられた本件仮処分登記嘱託書の登記義務者の表示が登記簿の記載と符合しないとの理由で却下した原決定には何等違法の点はないのである。
なお原告はかゝる虚偽の申立による移転登記申請は不動産登記法第四十九条第二号に該当し却下せらるべきであつたとも主張するが同条同号の「事件が登記すべきものにあらざるとき」とは、申請がその趣旨自体において登記法上、実体法上登記を許容すべきでない内容を持つ場合をいうのであつて、本件の如きはこれに該当しない。又同法第六十三条、第六十三条の二の規定は職権更正に関するものであり、職権抹消に関してはなんらの規定も存しない。いずれにせよ原決定は少しも違法でなく、それを認容した本件異議却下決定には何等取消さるべき違法の点は存しないと陳述した。(立証省略)
三、理 由
原告が別紙目録記載の不動産につきその所有名義人たる訴外原千枝子を被申請人として当裁判所へ仮処分の申請をなし、右仮処分命令がなされて、仮処分登記嘱託書が原告主張の日時名古屋法務局登記官吏に到達し受附第二〇六三九号として受理せられた事実、訴外原千枝子が該不動産につき訴外谷口節子に対する所有権移転登記申請を同日同法務局登記官吏に対してなし同日受附第二〇六一九号として受理せられた事実、右登記申請において登記義務者原は該所有権の登記済証を滅失したと称して不動産登記法第四十四条所定の保証書を提出した事実、これに対し原告は該申請登記未了前右滅失の申出は虚偽である旨を原名義の登記済証を提示して登記官吏に申告したが、同官吏はこれに対する審査をしないで右所有権移転登記を終え、次で前記仮処分登記嘱託書の登記義務者の表示が登記簿に符合しないとの理由で却下した事実、この却下決定に対して原告は被告にたいし異議の申立をしたところ、原決定には違法不当の点はないとして却下された事実はいずれも当事者間に争がない処である。原告は、登記済証が滅失したとの原千枝子の申出は虚偽であり、この点について原告より通告があつたに拘らず何の審査もしないで登記官吏が右申請を受理してなした登記処分は違法であり、無効である。従つてこの登記により登記簿上生じた所有名義人の変更にもとずき嘱託書と登記簿の登記義務者が一致を欠くものとして嘱託を却下した原決定は違法である。又かりに右申請による登記が無効でないとしても、かかる申請は元来登記すべからざるもの或は不適式として却下すべきものであるにこれを受理し登記した違法があり、且つ登記後も右違法を調査し職権を以て不動産登記法第六十三条、同条ノ二により右登記を抹消すべきであるのにこれをなさず、嘱託を前記の如き理由で却下した原決定は違法であると主張する。そこで右原の登記済証滅失の申立の真偽の点は姑くおき、仮に右のように登記済証が滅失していないに拘らず保証書が提出された場合その瑕疵は登記処分に対しどのような効果を及ぼすか、又右申請にかかる登記処分に違法があるとすればそれは後の嘱託登記に対する登記官吏の処分に対し如何なる影響を与えるかの点について考える。元来登記官吏が登記の嘱託を受けた場合、不動産登記法第四十九条六号所定の事由があれば、それによりその嘱託を却下すべき義務あることは同条の規定上明白である。そこで登記官吏としては、先ず登記嘱託書の登記義務者の表示が登記簿のそれと符合するか否かを調査しなければならず、この際登記簿の記載が登記法上有効であるか否かをもあわせて調査すべきであり、仮にその記載が一応存してもその登記処分が所謂当然無効の場合にはその記載自体を無視すべきは勿論である。又当然無効の場合でなくとも、登記処分が登記法上、職権抹消をなすべき場合には、抹消前の記載が嘱託書の登記義務者の表示と符合しない理由で嘱託を却下すべきではなく、職権抹消をなした上嘱託を受理し登記を為すべきものである。しかしながら、登記処分が当然無効でもなく又登記法所定の職権抹消をなすべき場合にも該当しないときは、一旦なした登記処分(登記簿上既存の登記の記載)は登記法上登記官吏に於てこれを無視し或はこれを任意に抹消し得ないこと法規上明白である。即ち登記官吏はかゝる登記を有効とし、これに符合しない嘱託を却下すべきものである。ところで本件に於て原千枝子の申請による登記処分と嘱託に対する却下処分とは個別独立の処分であるから、前者に違法があつてもそれが直ちに後者の違法となるわけではなく、上述の意味及び限度に於て申請登記処分の瑕疵が嘱託に対する処分に影響を及ぼすわけである。そこで原千枝子の登記済証滅失の申出が虚偽であり、滅失と認められる事由が何等存しない場合、それを看過してなした登記処分に果して上述のような効果が生ずるのであろうか。そもそも登記申請にあたり登記済証を登記申請書に添付するを要するのは登記簿上の登記義務者と称して申請を為すものとが、同一人であり、真正の義務者から登記の申請がなされていることを確かめるためのものであることは被告所論のとおりである。不動産登記法第四十四条はその滅失の場合の補充として法定の保証書を以てこれに代え得ることを規定している。しかして登記済証が滅失しているか否かは、登記申請の内容を為す実体上の権利関係の変動とは関連のない申請手続の形式的要件に対する認定であるから、登記官吏の形式的審査権は当然これに及び、その存否について疑があれば登記官吏は申請者に立証を促す等の措置をとるべく、滅失と認められる場合でないのに、保証書を添附するときは申請書に必要な書類を添附しないものとしてこれを却下すべきである。被告は、同法第四十四条前段の要件は要望的、訓示的規定たるに止まり、畢竟登記義務者の真正なことが分明すればよいのであるから、登記済証か保証書かその何れかを提出されれば登記官吏はこれを受理し登記し得る旨主張するけれども、同法第四十四条は登記済証と保証書とを選択的に提出し得る旨規定したものではなく、あく迄後者を補充的に許容したものであり、且つかゝる原則と補充の関係は厳正に遵守されることを要するから(この関係の遵守されることが登記義務者の真正を確保しようとする法意の達成に役立つものと考えられる)、これをもつて単なる訓示的要望的規定とのみ解することは当らない。更に被告はかゝる要件の審査は形式的審査権の埒外であると主張するけれども、滅失の存否は上述の如く申請手続に関する事柄であり、登記官吏の形式的審査権の対象たる不動産登記法第四十九条所定の要件事実をなすものなのである。即ち右はとうてい形式的審査権の範囲外とは認められない。
しかしながら、かゝる要件の欠缺があるに拘らず、これを看過し却下処分をなさず登記をした場合、かゝる瑕疵は同法第四十九条二号に該当するものとは考えられないから、最早登記官吏において職権抹消をすることは出来ず、又かゝる形式的要件の瑕疵は登記処分に存する明白且つ重大な瑕疵とは思われないから、これをもつて当然登記処分の無効を来すものと解し得ない。登記官吏はかゝる登記をも有効として取扱い、嘱託書の登記義務者の表示がこれに符合しない場合、右嘱託を却下しなければならないのである。そこで仮に原告主張の様な事実が存在し、且つそれが同法第四十四条の登記済証の滅失にあたるとしても、尚これを看過してなされた登記処分は有効であり、右瑕疵は原決定に何等の影響を及ぼさぬものと謂わねばならない。即ち、本件仮処分登記嘱託につきその嘱託書の登記義務者の表示が登記簿に符合しないとの理由で右嘱託を却下した原決定は適法であり、これを相当として認容した本件異議却下決定には何等違法の点はないとせねばならぬ。以上の理由により原告の本訴請求はじ余の点につき判断をまつ迄もなく失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山口正夫)
(別紙省略)